渋沢栄一から学ぶ 令和の時代にビジネスで成功する心構えと処世術

Eiichi Shibusawa
著者について:Samurai Reinventor

”Change is the only constant” 「変われないものには明日はない」を信条に、仕事もプライベートも、絶えず新しいことにトライする中年オヤジ。英語に関しては、20代に独自のやり方で、TOEIC300点代から6年でトップMBAスクール合格。その経験をなるべく多くの人にシェアしてお役に立てたら光栄。英語の学習歴

はじめに

いよいよ令和になりましたね。新元号で私の初のブログになります。今回は旬なトピックを案内します。

新1万円札(見本)(画像の引用元:日経ビジネス

 

先に政府から新紙幣のデザインがアナウンスされました。その1万円札に採用された「渋沢栄一」氏から、MBA、留学、ビジネスキャリアを磨こうとして私たちに、渋沢から学べることをお伝えしようと思います。

実際に紙幣の流通は2024年かららしいですが、渋沢氏のことについて、ビジターを始め、何かと聞かれることも多くなりそうです。これを機に、渋沢のことをかじってみましょう。

 

まず、今回の新紙幣のニュースです。リーディング学習のため、英語報道も目を通しましょうね。

Japan to overhaul trio of bank notes as new era starts (Nikkei Asian Review) 

 

まず、渋沢栄一氏の略歴から

Eiichi_Shibusawa

国立国会図書館のホームページから引用します。英文略歴は、自分が英語で渋沢のことを説明するときに使えるので、ぜひ目を通して理解しましょう。

今回の私のブログを読んで関心が湧いた人は、「雄気堂々」上下巻(新潮文庫 城山三郎著)、「現代語訳 論語と算盤」(筑摩新書 渋沢栄一著、守屋淳=訳)を読破されば完璧でしょう。「雄気堂々」は熱くさせる名著ですよ。


Occupation, Status: Businessman

Birthplace(modern name): Saitama

Date of Birth and Death: Mar. 16, 1840 – Nov. 11, 1931

Leading businessman through the Meiji and Taisho Eras. Born in Saitama, the first son of a wealthy farmer. He served in the Hitotsubashi Family, and in 1867, while attending Paris International Exposition with Akitake Tokugawa, he gained knowledge of European industries and systems. In 1869 he served in the new government, and in 1872 he became Okura Daijo(officer of the Finance Ministry), but retired from it in the following year and entered the business world. While serving as general supervisor and president of the First National Bank, he made great contributions to the establishment and development of many modern enterprises such as Oji Paper, Osaka Spinning, and Tokyo Gas. Adopting the Analects (of Confucius) as standards of moral education, he advocated the “harmony of morality and the economy”. In 1916, he retired from the business world, but continued to pour his efforts into social and public works and international friendship. He was awarded the title of danshaku (baron) in 1900 and shishaku (viscount) in 1920.

出所:国立国会図書館 HP

 

なぜ渋沢栄一から学ぶ~今また激動の時代だから

history

渋沢栄一は、江戸時代末期に、現在の埼玉県深谷市の、藍や生糸で生計を立てる農家の息子として生まれました。

渋沢は、時代の激しい変化の中で、自分自身がもがき苦しみ、色々な立場を変遷しながら、自分の志を実現していく、いわば日本版のアメリカンドリームを感じるからです。かなり熱い人です。

 

そう「雄気堂々」の詩のごとく。渋沢の変遷は、①尊王攘夷の志士→②一橋家の家臣→③官僚→④実業家。

元はというと、井伊大老らの「開国主義派」に対峙して、「尊王攘夷」の反体制の1青年だったのです。従兄弟らと横浜の外人居留地を放火襲撃、外国人を惨殺するという過激な計画まで企て、武器調達まで綿密に行いました。

放火襲撃にもってこいの、冬至の日に決行のプラン。しかし直前の、生死を共にすると神明に誓った同志69名の集会で、一番勇敢だった義理の弟の長七郎の涙ながらの反対「天誅組の顛末を見ろ。捨石にさえならない、犬死だ」。

 

それを冷静にジャッジした渋沢。ここで計画を実行していたら、渋沢らは幕府側に討たれ、今日のような日本はなかったのではと思うのです。

横浜焼き討ちの中止から、一変して渋沢には、幕府からの逃亡生活が始まります。

そこからの人生の展開がまさにドラマなのです。

 

渋沢栄一から学ぶ心構えと処世術

運を引き寄せる何か

luck

横浜焼き討ち構想の最中、ひょんなことで、渋沢は一橋家(後の15代将軍となる徳川慶喜の家)の用人平岡円四郎に巡り会います。平岡は、今でいうオープンマインドな人。町人でも農民でも身分に関わらず、良い意見を持つものの話を聞いたと言われます。

渋沢はその平岡に見染められ、仕官しないかと言われます。平岡の属する一橋家は、将軍後見である=開国佐幕派です。渋沢が受け入れられる筋ではありません。

しかし、渋沢はそのオファーを、「いずれその気になりました折には、よろしくお願いいたします」と温存します。これの判断が、渋沢の身を助けます。

 

焼き討ち中止後、渋沢の命を狙う手から京都へ逃れるため、平岡から手形を発行してもらい、無事に京都に避難します。しかし不運にも、渋沢が倒幕の構想を記した同志への手紙が、運悪く幕府の手に渡り、渋沢を確信犯として京都に逮捕の手が回ってきます。

今度は、平岡は、救いの手を出す条件(唯一の方法)として、渋沢に一橋家の本当の家来にすることを提示します。

「仕官するのは、我らの一身の安泰をはかるためでなく、世の人のためなのだ」

そう決心した渋沢は、慶喜のお目通り(面談)での建白を平岡に頼み、それの引き換えで仕官することを逆提案します。

 

それを平岡がかなえ、一橋家に仕官することになります。

学歴も実績もない求職者が、書類選考さえ危ういのに、社長面接を勝ち取り、プレゼンを持って(形式だけでも)採用を勝ち取ったようにした、このアグレッシブさと筋の通し方に関心するのです。

 

老練たること

渋沢は、横浜焼き討ちをリーダーとして企てたくらい、感情に走る一面がありました。しかし、同時に老練さも兼ね備えていました。渋沢の考え方は、「精神だけでは飽きたりぬ、実が伴わなければうそだ」が、一生を貫いた態度です。

ゴールに辿り着くための、策を練る。いつも、方法を、効果を問題にする、渋沢の考え方の根底にあるものです。以下、「雄気堂々」より

(志士は、志さえ立てればよい)というものでは無い志さえ立てれば気がすむというのでは、簡単であるばかりか、無責任でもある。果たして「志が立つかどうか」が問題であった。「どうしたら志を遂げられるか」を考えるべきである。精神だけではだめ、実が伴わなければうそだ

志を達成するためには、攘夷の志士から、一橋家へ仕官、官僚、実業家と、変化するごとにより強烈なインパクトを持って、同じゴールに向かっていく大胆にして細心である渋沢に、不透明な時代を生きる私たちにも手がかりをくれている気がします。

 

上司との関係:井上馨との付き合い方

relationship

当時の大蔵省で、改革を推進する部署を任された渋沢は、水を得たような魚の働きをします。

順風満帆に行くと思われましたが、省庁再編の抗争で大蔵省を権力下に抑えた大久保利通との対立によって、渋沢が任された改正掛は潰されます。

途方にくれた渋沢。辞意と商業への転身を上役の井上馨に伝えます。井上もアツオで、まる一日をかけて渋沢を翻意させます。今時、まる一日かけて説諭し、部下の辞意を翻させるような気骨のある上役がどれだけいるでしょう。

 

「民業は大切。しかし、今の日本は税制、財政をはじめ大蔵省の仕事が完成しなければ、すべてが始まらない。もし君がこの日本を自分の国と思えば、不平をいっても居られまい。どうしたって、踏みとどまって、少しでもよくしようと努力する気になるのでは無いか?」

渋沢32歳。井上37歳。

この時の渋沢の言葉でを引用します。

「(八百万神(やおよろずのかみ))の神様としては粗暴だが、組んで仕事をやっていくには恰好。口先と鼻息の荒い井上が、まず臆面もなくぶちまけ、ぶち壊しておいてくれて、その後、渋沢が整地にのり出すように、巧みに役割を分担することができたいちいち細かいことを言わず、仕事を委せてくれるし、他から物言いがつけば、すぐ飛び出していって、喧嘩してくれる。短気な上役にも、それなりの使い道があった」

運を惹き寄せるのと同様、自分の能力を発揮させてくれる上役との付き合い方、ここにも渋沢の老練さを感じます。

 

日本のキャピタリズムの夜明け:合本組織(株式会社の原形)と企業倫理

france

渋沢は大政奉還と前後して、フランスへ専心修学(留学)します。帰国後は、静岡藩の財政再建と殖産を目的とし、合本組織(株式会社の原形)の商法会所の設立に貢献します。

自分だけが富を独占するのでなくて、合本法(株式組織)の道義的運営によって、いろいろな事業を起こし、大勢な人が利益を受け取り、国全体が豊かになっていくことを目指します。

我が国での発生の経緯を知ること、当時の先駆者の実業家が何を果たそうとしていたのかを知ることは大切です。

 

そして、今の時代の会社法やコーポレートガバナンスで私たちが問題にしていることは、明治初期に渋沢や先人が目指したものから、何が間違えてしまったのか?どうあるべきなのか考えるのに役立ちます。

「論語と算盤」でも、営利事業と道徳は何ら相反するもので無いことを、深遠な論語のフォロワーとしての渋沢の言葉で説明されています。

今日、CEOや会社ぐるみの不祥事をニュースで耳にするたびに、渋沢のいうように孔子の教えなり、自分の中に宗教や思想のしっかりした柱を持つことの大切さを感じます。

 

キャピタリズムのあり方は、21世紀後半になって、産業構造が変わってくると弊害も出て、MBAのファイナンスの授業でも題材になることろです。ちょうどそのほころびに触れた箇所だけ抜粋しますので、雰囲気だけでも味わってください。

紹介している文献は、私がMBA課程の時にファインスの授業の題材でした。こういったことをMBAで勉強するんですよ。

The publicly held corporation, the main engine of economic progress in the United States for a century, has outlived its usefulness in many sectors of the economy and is being eclipsed. New organizations are emerging in its place—organizations that are corporate in form but have no public shareholders and are not listed or traded on organized exchanges. These organizations use public and private debt, rather than public equity, as their major source of capital. Their primary owners are not households but large institutions and entrepreneurs that designate agents to manage and monitor on their behalf and bind those agents with large equity interests and contracts governing the distribution of cash.

出処:Eclipse of the Public Corporation、Michael C. Jensen、Harvard Business School

 

今朝の日経朝刊でも、関連する記事があったので、そちらも添付しておきます。ポイントのところは、マーカーで印をつけていますので、参考にしてください。

こちらは、株主価値の最大化という、株式会社の本来の目的を、敵対的買収で取り戻すというものです。MBA目指すみなさん、日経新聞は必読ですよ。

                               

最後に

今の時代は、明治初期のように、変動の時代かもしれません。AI5Gなどの産業構造の変化、超高齢化や就労人口減で社会構造の維持さえ危機に面しています。当時、渋沢を大蔵省にスカウトして大隈重信の言葉:

八百万の神達、神計りに計りたまえという文句を君はしっているか新政府のやろうとしていることは、すべて知識も経験もないことばかり。何から手をつけてよいのかわからないのはきみだけではない。誰もがわからん。わからん者が智慧を出し合い、これから相談してやっていこうとしている。つまり、われわれみんなが八百万の神々なのだ。きみも、その神々の中の一柱として迎えた

MBA取得後は、事業会社で新しいビジネスモデルを担当するのか、ベンチャーで会社ごと起こすのか、キャリアはいろいろでしょう。

渋沢が活躍したようなダイナミックな時代が、再度日本に訪れるよう、私たちが八百万の神になって、新しい産業が発展に貢献するぐらいの気概で、やって行きたいものです。

新しい1万円札にもそのような明治初期の「坂の上の雲」のような、何か明日は今日よりよくなっていくような期待が込められているんではないかと思うのです。

 

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