大学院留学に必須!スタンフォード大学が定義する良いエッセイとは?

ねこ君
大学院に留学してやると一念発起して、TOEFLから始まりGREもクリアして、ここまで長い道だった。ついにスコアも揃って、申請書類を揃えなければならない。しかしなんだ、エッセイが必要なのか?
ねこ君
これはそうだな、おれがどれだけ優秀でポテンシャルがあるのか相手に納得させればいいんだよな。ふふふ。
にゃんこ先生
それはよくある失敗パターンだよ、ねこ君。優秀な学生なんて腐る程いるんだ。じゃあ、何が君のエッセイを輝かせるんだ?
にゃんこ先生
今日は、海外大学院入試で必須のエッセイ(Statement of Purpose, 又はPersonal Statement)についての話。

にゃんこ先生
これは、スタンフォード大学の教育学研究科が出している良いエッセイの基準。この基準はどの大学院に出願する上でも重要なポイントで、とても参考になる。
にゃんこ先生
原文はこちらから。
にゃんこ先生
内容は基本的には日本語訳なので、みなさんの情報収集に役に立てば幸いだ。

スタンフォード大学が説く、良いエッセイとは?

スタンフォードの教育学研究科(GSE)のどのプログラムへ出願するにしても、エッセイ(Statement of Purpose)の提出は必須である。スタンフォード大学では、これを大変重要視している。多くの場合、思慮に富んでいて、且つきちんとまとまったエッセイが合否を分ける。

しかし、エッセイにおいて、自身の持ち前の良さを十分に発揮できていない入学志願者が多いのではないだろうか。以下では、みなさんが最善を尽くすために役立つヒントをスタンフォード大学目線で少し紹介する。

 

にゃんこ先生
こういう話は、スタンフォード大学に限った話ではなく、どこの大学院に出願する上でも大事になってくる。

 

本来持っているはずの志望理由を明確に

多くのエッセイは、この基本的な基準「志望動機を明確に」が押さえられていない。

エッセイは、そのプログラムに応募するに当たって、「真剣に熟慮した上で、そこを志望している」「目標に向かって前進し、学校あるいは学会に貢献しそうな学生だ」ということを、対象とする読者(選考委員会)に納得してもらうことが目的だ。

焦点の定まっていない自伝的なエッセイは、自分には特段志望動機がないことをバラすようなものなのだ。

 

にゃんこ先生
つまり、俺はこんな実績があるんだすげーだろ?と言うだけでは意味がないということ。

 

エッセイ=達成したことに関する物語”ではない

審査委員会は、多くの要因に基づいて、あなたが合格に値するか否かジャッジする。その応募書類には、成績証明書、推薦状、エッセイや、その他の判断材料が含まれている。

エッセイにおいて、ある特定の成果に言及し、それが志望動機に関係があるのなら良い。しかし、一歩踏み間違えると、単に成果を語るだけの自伝になってしまうため注意が必要だ。

 

出願者の知力が入学要件を満たしていても、興味や志向から見て「このプログラムがこの候補者にとって適している」ことを納得させられなければ、学校は入学を断る、ということを覚えておいてほしい。

エッセイとは、そのプログラムが応募者の興味や志向と本当に合っているのか裏付けをとるためのものでしかない。エッセイを、「これまで成し遂げてきたことリスト」として作成すると、読み手をイライラさせるだけで終わってしまう。 

 

ねこ君
なるほどね・・。自分がそのプログラムにあってるんだぜ!好きだ!というのがエッセイっていうことか。

 

文章は適切な長さで書く

スタンフォード大学のオンライン出願では、エッセイは2ページでまとめないといけない。多くの応募者はこれを無視し、規定よりも長いものを提出する。しかし、これは良くない。

学術的な文章も他の文章と同じように、簡潔である必要がある。教授は、時間的な制約がある中で、多くの応募書類と共に、あなたの書類を読んでいるのだ。

 

いくら教授と言えど、人間というのは、こういった忙しい環境下において、必要以上に長い文章を高く評価はしないだろう。例えば、あることに書くにあたり、あなたが10語使用していて、同じぐらいの能力の候補者が同じことを6語で言っているとする。であれば、教授は他の候補者を高く評価するだろう。

一方で、志望理由の説明が足りておらず、エッセイが簡素過ぎる場合もある。エッセイの最初の下書きが1ページだけしかなければ、おそらく十分に志望動機が説明ができていないだろう。

 

スペルミスや文法ミス、事実誤認がないことや、文章を最大限わかりやすくすることに万全を期す

読み手としては当然、みなさんのエッセイは、それぞれの最善を尽くして書いたものだと思う。

もし真剣に大学院に出願するなら、エッセイ作成に多くの時間を費やすだろうし、読み手が見ているのは、試行錯誤と長期的な努力の成果になるはずだ。不正確な文章や事実誤認は、まだ大学院進学への準備ができていないことの証拠となってしまう。

 

博士課程用のエッセイは修士課程用とは違う

修士課程は博士課程よりも劣っているというわけではない。基準が異なるだけだ。そのため、博士課程の基準が、修士課程の基準よりも高いと推測するのは間違いだ。

たとえば、スタンフォードの国際比較教育学(ICE)の修士課程のエッセイでは、研究を進めたいと思っている特定のテーマについて、エッセイで必ず触れなければならないかと言うと、そうとも限らない。

 

広範囲に焦点が合わせられている修士課程に応募するのであれば、研究テーマついてはっきりしていなくても不適切なことではない。しかし、博士課程に応募するのであれば、研究テーマが明確になっていないことは確実にマイナスになってしまう。博士レベルではカリキュラムがより専門化されており、出願者が研究目的を示す上で、専門性と正確さのレベルは当然要求される。

GSEでは、現在進行中の教育研究について熟知していることがエッセイから読み取れることは、プラスに働く。もちろん、修士課程であってもそうだ。博士課程への応募では、自分が行いたい研究テーマ(その興味関心)は該当教授が行っている研究に合致していることを示すことが重要になってくる。

 

応募している機関に合わせる

修士レベルにおいて、「自分が応募している機関に合わせる」という点は、必ず必要な訳ではない。ある、プログラムへ応募する時のエッセイは、他のどこか3, 4箇所に提出するものと80%は同じかもしれない。

しかし、特になぜそこを志望しているのかを示す2, 3文あると、それが非常に役に立つ可能性がある。もちろん、なぜスタンフォードが特に自分に合っているのか、特段説明していなくても良いエッセイを作ることもできるため、バランス感は必要だ。

質問に対して率直に、説得力を持ってエッセイを書くことにより、良いエッセイを作ることができる。

 

にゃんこ先生
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にゃんこ先生
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