





目次
アメリカの大学を目指した理由と出願準備

東京都で生まれて、育ちました。中高一貫校の女子学院という、私立の女子校に通っていました。

ほとんどいなかったです。
一つ上の学年には海外大学に進学した先輩はおらず、二つ上の学年に一人いる程度でした。
学年全体でも、海外大に進む人が一人出るか出ないかという学校で、基本的には九割以上が国内の進学校、いわゆる一般的に「しっかり勉強して入る」日本の大学に進学する生徒がほとんどでした。
そんな中で、私の学年だけはなぜか四人が海外大学に進学し、学校全体でも「え、四人も行くの?」とどよめきが起きるような雰囲気だったのを覚えています。
留学を考えたきっかけ

正直、「これが決定打だった」という一つの大きな出来事があったというよりは、周りの人がまいてくれていた種や、日頃から自分の中で何となくキャッチしていたものが、少しずつ重なっていった感覚に近いと思います。
自分の中での原体験としては、小学六年生のときの家族旅行で、カリフォルニアのロサンゼルスを訪れたことが強く印象に残っています。
その旅行の一環でスタンフォード大学のキャンパスを見に行ったのですが、子供ながらにも「これはいいな」と直感的に感じました。
キャンパスがとにかく広くて、図書館が何個もあり、芝生の上でノートパソコンを触っている学生がいたり、踊っている人たちがいたりして。
今思えばかなり典型的な光景だったのかもしれませんが、当時の私の目にはすごくキラキラして見えて、「こういう場所で勉強できたら楽しそうだな」と思ったのを、今でも微かに覚えています。

その後は、留学を強く意識するような出来事がしばらくあったわけではありませんでした。
ただ、高校に入って進路を考える中で、理系・文系に分かれてコースを選ばなければならないタイミングがありました。
得意だったこともあって、「まあ理系に行こうかな」と自然に理系を選んだのですが、いざ理系の大学や学部を調べてみると、日本の大学の中では、自分の興味と直結するような学部がなかなか見つからなかったんです。
「どうしよう、大学で私は何を学びたいんだろう」と考える中で、自分の中に大きくあったのが、ダンスが精神状態に与える影響について、でした。
これを学びたい、という気持ちははっきりしていたものの、日本にはしっくりくる環境が見当たらない。
そこで、「そういえばアメリカという選択肢があるじゃん」と思い至り、海外大学を目指すようになった、というのが大きな理由です。
興味のある学問について



ダンスについては、三歳の頃からずっと続けてきました。
ただ、自分の中ではずっと、「ダンス一本で生きていく」と決めきれなかった感覚がありました。人生の中で、何度もそういうタイミングはあったはずなのに、結局選びきれなかった自分がいる、という意識がどこかにありました。
それは多分、ダンスに対する自分の「好き」への自信のなさや、もっと上手い人はいくらでもいる、という気持ちから来ていたと思います。
それでも、ダンスから完全に離れることはできなくて、「結局ダンスは一生やっていくんだろうな」と、どこかで思っている自分がいました。
一方で、心理学という言葉が出てきたのは、高校三年生の最後の方でした。
「ダンスと何かを組み合わせたい」という気持ちはあったものの、それをどんな学問として学べばいいのか分からず、コミュニケーション学や言語学など、いろいろな分野を調べては、「何か違うな」と試行錯誤していました。
自分が本当にやりたかったのは、ダンスが日常的に自分のメンタルを支えてくれていること、言葉では表現できない部分を担ってくれていること、その「機能」を学問的に理解することでした。
いろいろ回り道をした末に、「これは“メンタルヘルス”という言葉に集約されるのかもしれない」と腑に落ちました。そう考えたときに、一番しっくりきたのが心理学でした。
ずっと「ダンスと何か」という形で考え続けてきた、その延長線上にあったのが心理学だった、という感覚です。だから、心理学にたどり着いたのは、ある意味では結果論だったのかもしれません。


海外大学進学に向けた準備

一番最初に始めたのは、TOEFLの勉強だったと思います。時期としては、高校二年生の秋頃だったはずです。
その時点では、まだ国内大学との併願も十分に視野に入れていたので、進路を一気に海外に振り切っていたわけではありませんでした。
当時は、個人塾のような形で国内大学向けの勉強もしつつ、並行して英語対策としてアゴスという英語塾のTOEFLコースを取り始めた、というのが最初のステップだったと思います。


英語は正直、全部大変でした。まず、なかなか点数が伸びなかったというのが、大きな前提としてあります。
その中でも、特に大変だったのはスピーキングでした。
いろいろなオンライン英会話を試したり、英語を話せる知り合いにお願いして、個人レッスンのような形で話す時間を作ったりもしました。
本当に「とにかく回数を増やさないと」と思って、毎日数十分だけでも英語を話す、ということを意識して続けていました。
ただ、今振り返ると、そうした時間がどれほど自分のスピーキング力の向上に直結していたかと言われると、正直あまり自信はありません。

エッセイを書くことも、大変だったことの一つです。
中高までの勉強では、「何ページまでをやってきてください」「この期限までに終わらせてください」というように、ゴールや締め切りが明確に設定された課題に慣れていました。
でも、海外大学の出願エッセイは、「いつ書いてもいい」「何を書いてもいい」という中で、自分でゴールや終わりを設定しなければならない。
その「答えが決まっていないタスク」にすごく慣れていなくて、私にとってはかなり重たく感じました。
何時間割けばいいのかも分からないし、時間を確保しても、そのときに書きたい気持ちになるかどうかも分からない。気を抜こうと思えば抜けてしまうし、逆にこだわろうと思えば、いくらでも直せてしまう。
その「終わりを自分で決めなければならないエッセイ」という課題の性質自体が、私にはすごく難しくて、特にモチベーションを保つのが大変でした。

エッセイを見てくださっていた方がいました。その方は、「あなたのストーリーなら、こういうイントロがいいんじゃない?」と、洗練された英語で例文をバーンと提示してくれるタイプでした。
ただ、それを参考にして「じゃあ、これをもとに自分で書いてみて」と言われたときに、私はその文章に引っ張られすぎてしまっていました。
自分が持っている英語の語彙力では、どうしても「やっぱりこの人が書いてくれた文章の方がいいじゃん」と思ってしまって、自分に自信が持てなくなっていきました。
秋頃に一度その方から離れて、「自分でやる」と決めてからは、留学フェローシップのメンターの方に見てもらったり、そもそものエピソードの部分から自分で一から練り直したりするようになりました。
「何が一番助けになったか」と聞かれると、正直すぐに思い浮かぶものはありません。むしろ、「何があったらよかったか」の方が、はっきりしています。
ただ答えを与える人ではなくて、伴走してくれる人、モチベーションを一緒に管理してくれる人がいたら、すごく合っていたと思います。小さなゴールを一緒に設定して、「じゃあ何日までにここまでやってみよう」と区切ってくれるような存在です。
それに加えて、自己分析の部分を一緒にやってくれたり、話を聞きながら自分の言葉を引き出してくれたり、「この表現いいんじゃない?」と必要な英単語や言い回しを提案してくれるような、提案型のサポートだったら、もっとやりやすかったのかな、と思っています。

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課外活動について

正直に言うと、課外活動はあまりたくさんやっていたわけではありません。
海外大学受験をするからといって、新しく何かを始めたこともなくて、中学生の頃から続けていた活動をそのまま続けていた、という感じでした。
例えば、中学生のときから関わっていたボランティアを継続していたり、ダンスについては大会に出たり、部活動として取り組んだりしていました。
また、ダンスの先生に紹介してもらって、振り付けに少し関わるような機会をいただくことも時々あって、そうした経験を積み重ねていた、という形だったと思います。
一方で、今振り返って思うのは、「海外大学のために何かをやった」というよりも、実際にアプリケーションに書く段階で、どう見せるかは多少意識していた、ということです。
自分がどれだけ力を入れていたか、どれだけ自信を持っていたかとは別に、書き方や切り取り方によっては、同じ経験でも伝わり方が大きく変わる。
「これをすごく頑張っていたように見せるには、どの側面を出すか」「どういう文脈で書くか」といった点は、少し工夫していた記憶があります。



出願校選びについて

出願した大学は、大きく分けると二つのタイプがありました。
一つは、カリフォルニア州の州立大学。もう一つは、いわゆる地方にあるリベラルアーツカレッジです。

大学選びで一番最初に軸にしていたのは、ダンスと心理学の二つを学べるかどうか、という点でした。
心理学は多くの大学にありますが、ダンスをメジャーとして学べる大学はかなり限られてくるので、まずはそこで大きく絞られました。
さらに、ダンスのプログラム自体にも大学ごとに大きな違いがありました。
そもそもオーディションがあるかどうか、そのオーディションでどれくらいテクニックを重視するのか、という点だけでも違いますし、オーディションの内容もさまざまでした。
例えば、バレエを必ず踊らなければならない大学もあれば、ジャンルは自由で好きなものを踊っていいという大学、自分でソロ作品を制作することを求められる大学もあります。
そうした違いから、その学部がどんなダンサーを求めているのかが全然違うと感じました。
私は、ダンスをスキルとしても伸ばしたいという気持ちがあり、学部としてのレベルが高いところで学びたいと思っていました。
一方で、私はバレエの経験がなく、ヒップホップやジャズを中心にやってきたので、そうしたバックグラウンドが活かせる学部がいいなと思い、その条件でさらに絞り込んでいきました。
結果的に、ダンス学部のある大学はかなり限られていった、という感じです。

カリフォルニアに惹かれた理由は、以前に話した小学六年生のときの原体験が大きいと思います。スタンフォード大学を訪れたときの印象や、家族旅行全体の記憶として残っている空気感が、今でも自分の中に強く残っていました。
日本以外の国で生活することを具体的に想像した、最初のきっかけでもあったと思います。
あの天気の良さや、空が広く感じられる環境に、「ここで暮らしてみたいな」という憧れがあって、自然とカリフォルニアを中心に大学を調べるようになりました。
その中で、ダンスが強い大学として見つかったのが、カリフォルニア州立大学系の大学でした。

正直に言うと、英語の点数が最後まで思うように伸びきらなかった、という不安があって、リベラルアーツカレッジなら、最初の段階でスピーキング力をしっかり伸ばせるのではないか、という期待がありました。
また、リベラルアーツカレッジはダブルメジャーを歓迎しているところが多く、ダンスと心理学を両立しやすい点にも魅力を感じました。
州立大学の、どちらかというとシステム化されたダンス教育とは違って、個々の学生がソロ作品を作る機会が多かったり、近くのローカルな芸術家や音楽家とコラボレーションできたりするようなプログラムがある点にも惹かれて、いくつか出願しました。
California State University, Long Beachへの進学の決め手
進学決定のプロセス

CSU(カリフォルニア州立大学)ロングビーチ校の中で、特に「ここが好きだな」と思った点はいくつかありますが、一番大きかったのはダンス学部の多様性でした。
人の多様性という意味でもそうですし、カリフォルニア州立大学という性質上、カリフォルニア出身の学生が多い一方で、ダンス学部には留学生も一定数いて、バックグラウンドが本当にさまざまだと感じました。
ダンスの内容自体もとても魅力的でした。アフリカ出身の先生を招いてアフリカ系のダンスを学んだり、インドの先生によるインドダンスのクラスがあったりと、ジャンルの幅がとても広かった。
また、ダンスの大学教育というと、今でもバレエやモダンダンスといった、いわゆるフロア中心のジャンルが主流な大学が多い中で、比較的早い段階からヒップホップやストリートダンスのクラスを正式に取り入れていた点も、すごく魅力的でした。
環境面も大きなポイントでした。
ビーチが近く、ロサンゼルスにも30分ほどで行ける距離感でありながら、治安が比較的落ち着いていて、綺麗な街だと感じました。
また、高校時代にいたESLの先生がたまたまロングビーチ近郊の出身で、写真を見せてくれたり、生活の様子をいろいろ教えてくれたりしたことで、「ここなら四年間住めそうだな」と具体的に想像できたのも大きかったです。

比較対象としては、他にワシントン州のリベラルアーツ・カレッジや、中西部のいくつかのリベラルアーツ・カレッジ、そして他の私立大学にも合格をいただいていました。
リベラルアーツ・カレッジについては、キャンパスツアーにも実際に行き、サポート体制の手厚さはとても魅力的だと感じました。
ただ、CSUロングビーチと比べると、どうしても機会の数が少ないように感じてしまったことや、寒そうだな、少し閉じた環境かもしれないな、という印象もありました。
自分自身を振り返ったときに、「新しい刺激を求め続けたいタイプの人間だな」という感覚がありました。
四年間の中でどれだけ新しいものに出会い続けられるか、という点を考えると、リベラルアーツ・カレッジよりもCSUロングビーチの環境の方が合っていると感じました。
そういった理由から、最終的にカリフォルニア州立大学ロングビーチ校への進学を決めました。

学費について

正直、学費についてはかなり現実的に考えざるを得ませんでした。
私立のリベラルアーツ・カレッジや、州立大学の中でも特にトップ校になると、奨学金がなければ進学は難しい、という状況でした。
一方で、日本国内奨学金の「指定大学リスト」に、私自身が「行ってみたい」と思える大学や、「自分のレベルに合いそうだな」と感じる大学があまり入っていなかった、という悩みもありました。
リベラルアーツ・カレッジに出願した理由の一つも、ダンス学部の内容だけでなく、留学生に対して奨学金が出やすかったり、経済的なサポート体制が比較的整っている大学が多かった、という点があります。そうした条件も意識しながら、出願校を選んでいました。
最終的な結果としては、UC系とCSU系の大学の両方から合格をいただきましたが、UC系の大学については、奨学金がなければ厳しかったです。
私は、日本の大学財団などから大きな奨学金を受けていたわけではなかったので、コスト面を考えると、CSUの方が現実的に進学しやすい、という判断になりました。
そもそも学費自体が、CSUは比較的抑えられているという点も、大きな理由の一つだったと思います。





カリフォルニア州立大学ロングビーチ校での学びと生活
キャンパスの雰囲気と大学の特徴




住環境は、すごくいいと思います。
ビーチが近くて、太陽が一年中出ているので、メンタルがかなり安定したと感じています。
一方で、ダンス学部については、実は規模はかなり小さいです。
感覚的には、リベラルアーツ・カレッジとあまり変わらないのではないかな、と思うくらいで、学部内の人数はそこまで多くありません。
1学年だいたい30人ほどで、決められた授業を一緒に取ったり、同じ作品に出演してリハーサルを重ねたりするので、学部内で関わる人はほぼ固定されていきます。

その点は、私にとってはすごく良かったです。
入学前は、「広い大学に放り出されて、うまくコミュニティに入れなかったらどうしよう」とか、「大人数のレクチャーばかりで、英語を話す機会があまり与えられなかったらどうしよう」という不安もありました。
でも、ダンス学部という小さなコミュニティは、そういう悩みを解決してくれたと思います。

正直に言うと、留学生向けのサポートは弱いと感じました。ほとんど情報が共有されていなかったり、大学側が状況をあまり把握していないように感じる場面も多かったです。
例えば、オリエンテーションの日程が「この日から始まります」と案内されていたのに、実際には1か月前になって急に変更されたりすることがありました。
でも、ほとんどの留学生はすでに飛行機を取っているわけで、「じゃあ、その期間はどこに泊まればいいの?」「寮の準備はどうなっているの?」といった不安が一気に出てきます。
そうした調整を自分たちでしなければならないのは、正直かなりストレスフルでした。
留学生向けのオリエンテーション自体も、本当に1日あるかないか程度で、大学が積極的に交流の場を用意してくれるわけではありませんでした。
結果的に、誰が作ったのかも分からないようなDiscordのグループに留学生が集まって、なんとなく情報交換をする、という形になっていて、そのあたりのサポート体制は心もとないなと感じました。
また、アルバイトについても難しさがありました。
カリフォルニアでは、学内で働いてその収入を学費に充てる制度があるのですが、そうした仕事がカリフォルニア出身の学生に優先的に回ることが多い印象でした。
求人が出ても留学生が応募できる枠は限られていて、「これはなかなか厳しいな」と感じることはありました。

大学の授業と学び

心理学の授業で特に面白いと感じているのは、「生物心理学(Psychobiology)」や、リサーチメソッドの授業です。
リサーチメソッドでは、過去の研究事例をひたすら読みながら、「なぜこの研究はうまくいかなかったのか」「どんな要素が考慮されていなかったのか」といった点を分析していきます。
ただ理論を覚えるのではなく、研究を批判的に読む力を養う授業で、心理学の考え方の基礎をしっかり学べている感覚があります。

テクニックのクラスはもちろんありますが、それ以上に面白かったのが「ダンサーのためのアナトミー(解剖学)」の授業です。
どのように体を使えばよいのか、どんな動きがどの筋肉に負担をかけるのか、といったことを学びながら、ただプロになるためではなく、「人生を通してダンスを続けていく」ことを前提にした指導が行われます。
ダンスをお金を稼ぐためのツールとしてだけではなく、人生に欠かせないものとして捉えている、という姿勢が学部全体にあると感じました。
「おばあちゃんになっても踊り続けるにはどうしたらいいか」という視点で、体を痛めない踊り方を教えてくれたり、少人数だからこそ一人ひとりの体の特徴を見て、「この足の形なら、こういう動きは負担が大きいから直していこう」「この筋肉をもう少し鍛えよう」と、かなり丁寧にコーチングしてくれます。
ジャンルの幅広さも魅力です。今はアフリカ発祥のumfundalaiというジャンルの授業を取っていますが、去年はインドのダンス、その前には手の動きだけで表現するダンスなども学びました。
そうした経験を通して、ダンスが私と多様な文化を繋げてくれると、自分の中の視野がどんどん広がっていく感覚があります。


1年目は、いわゆる一般教養の科目も多く履修しました。
例えば、「生きる意味」というタイトルの宗教学の授業を取ったり、アメリカの政治システムを学ぶ政治学の授業を取ったりしました。
カリフォルニアという土地柄もあって、クラスのほとんどがリベラルな考えを持つ学生で、授業内での議論の雰囲気もとても特徴的でした。
教授が二大政党制を批判的に扱ったり、ドナルド・トランプ大統領の政策をかなり踏み込んで批判したりする場面もあって、「ここまで言うんだ」と驚くことも多かったです。
休日の過ごし方

休日でも課題や勉強はしていますが、友達と過ごすことが多いです。プールに泳ぎに行ったり、ビリヤードをしに行ったりしています。近くに無料で使えるビリヤード台がたくさんある場所があって、そこに友達と行くこともあります。
あとはジムにもよく行きます。ピックルボールにハマって、学内で行われるイントラミュラル(大学内の交流トーナメント)にも、友達と一緒に参加しました。
大学での課外活動について

ダンス学部内では、年に4回ほど大きな公演の機会があります。学部全体として作品を出展するものもあれば、学生が個別に作品を発表する形式のものもあります。
それとは別に、学期中もいろいろなプロジェクトが常に動いています。
「こういうダンスビデオを撮りたい」「この作品を外部の公演に出したい」といったプロジェクトに誘われたり、「一緒に振り付けをやろうよ」と声をかけてもらったりすることも多いです。
授業が終わったあとの夜7時〜9時頃に、週2回ほどリハーサルをする、という生活が続いていて、常に何かしらの作品づくりに関わっています。
夏休みについては、まだアメリカで夏を過ごしたことはありませんが、日本ではいろいろな活動をしていました。うなぎ屋さんやホテルでアルバイトしたり、「海越えジャパン」という団体で、海外大学に興味のある高校生の出願準備や自己分析をサポートする活動にも関わっていました。
また、日本のメンタルヘルス分野に関わる会社でも仕事をしていて、収入を得ながら、「これは面白そうだな」と思える分野に実際に触れてみる、という経験をしていました。
大学生活を通した変化

一番大きな変化は、自分自身の「もろい部分」が分かるようになったことだと思います。すごく短絡的な言い方をすると、これまでの人生で、いわゆる「メンタルが落ち込む」「病む」といった状態を、ほとんど経験したことがありませんでした。それはとても幸運なことだったと思います。
でもアメリカに来てから、特に最初の2年間で、「あ、これってメンタルがかなり落ちている状態なんじゃないか」と自分で感じるような一週間が、ぽつぽつと訪れるようになりました。
自分にとっては初めての経験だったので、どう立ち直ればいいのかも分からなかったし、何が原因なのかも、最初はまったく言語化できませんでした。
当初は、勉強も頑張りたかったし、友達ともコンスタントに会っていたかったので、「なんで私は外に出られないんだろう」と自分を責めてしまって、というサイクルがありました。
でも途中から、「あ、来たな。またこの一週間だな」と、少し距離を持って捉えられるようになりました。
そうやって受け入れていく中で、少しずつ言語化もできるようになってきて、「先週これがうまくいかなかったのが引き金だったのかも」と、自分の状態を客観的に理解できるようになってきました。
それまでは、「私はメンタルが強い人間だ」と思って生きてきたけれど、そういうわけではなかった。ただ、これまでが比較的恵まれていただけなんだ、ということに気づきました。
そして、メンタルヘルスに関心がある人間として、「メンタルが落ちるとはどういうことか」を自分の経験として知れたこと、そしてそういう自分を受け入れられるようになったことは、とても大きな変化だったと思います。
一方で、少し矛盾しているようですが、アメリカに来てから、別の意味でのメンタルの安定も得られたと感じています。
アメリカ人、という大きな括りにはなりますが、心の広さや、時間に対する余裕の持ち方がすごく好きで、その影響を受けて、自分自身も以前より寛容になれた気がします。
サンフランシスコに夜行バスで行ったとき、予定では6時間の移動だったのが、途中でバスが2回オーバーヒートして、結局13時間かかりました。しかも砂漠のど真ん中で止まってしまって、すぐに修理が来るような場所でもなかったんです。
それでも、周りの乗客たちは文句を言うわけでもなく、バスから降りて星空を見ながら散歩をしたり、音楽を流して隣の人と一緒に歌い出したりしていて、その7時間の遅れを、どこか楽しんでいるように見えました。
バスが遅れているのに、路肩に停まってみんなで虹を見る時間が始まったこともありました。「何なんだ、この時間は」と思いつつも、私はその感覚がすごく好きでした。
もちろん、これは人によると思います。誰にとっても正解なわけではなく、イライラする人もいると思います。
でも私は、そういう国民性というか、物事を受け止める姿勢がとても好きで、「この考え方、いいな」「自分にも取り入れたいな」と思うようになりました。
そうやって意識しているうちに、少しずつですが、時間や心に余裕を持てるようになってきた気がします。
何か起きても、「まあ、この時間を楽しめばいいか」と思えるようなマインドが、少しずつ自分の中に根付いてきていますね。



最後に:受験に挑戦する人へのメッセージ
Satsukiさんのこれからについて

正直、まだまだ知らないことの方が多くて、これからも勉強し続けたいという気持ちが強いです。
ダンスと心理学のダブルメジャーという、日本ではなかなかできない学び方をしてみて分かったのは、二つの学問を「結びつける作業」は、結局自分でやらなければならない、ということでした。
それぞれ別の学問として学ぶことはできますが、その共通点を見つけたり、二つを掛け合わせて何かを生み出したりすることを、誰かが代わりにやってくれるわけではありません。
今はまだ、それぞれの学問について「知る」ことに精一杯で、正直なところ、どちらも十分に理解できているとは思えていません。
だからこそ、その二つを本格的に結びつける作業は、将来やりたいことの一つとして残っていて、そのためのツールとして、いずれ大学院に進学することも考えています。
キーワードとしては、メンタルヘルス、そしてダンスと「時間や心の余裕」といったテーマが、自分の中では大きいです。
アメリカで生活する中で、「これは今までの自分の生活にはなかった考え方だな」と感じることがたくさんありました。そうした感覚や価値観を、いつか日本に持ち帰りたいという気持ちがあります。
特に、日本の学生に対して何か還元できたらいいな、という思いがあります。
中高時代を振り返ると、勉強のこと、親子関係のこと、友達関係のことなど、悩みを抱えている友人をたくさん見てきました。
だからこそ、「こういう視点があったら、少し楽になれる人もいるんじゃないかな」と思う部分が、アメリカでの経験を通して見えてきた気がします。
まだ「どういう形で持ち帰るのか」という正解は分かりません。
事業なのか、ビジネスなのか、教育なのか、それとも全く別の形なのか。でも、いずれは日本に戻って、何か一つ、自分なりの形でチャレンジしてみたい、という気持ちはあります。
受験に挑戦する人へのメッセージ
「未来のことは精神論だけではどうにもならないけれど、過去のことは精神論で意外とどうにかなる」という、最近友達に言われて腑に落ちた言葉を借りたいです。
ここで言う精神論というのは、「気持ち次第で見え方が変わる」「どう受け止めるかは自分次第」という意味だと思っています。
未来については、ある程度の計画や、「自分は何をやりたいのか」という方向性を考えることが必要だと思います。でも一方で、過去に起きたことや、過去の失敗は、今の自分の心の持ちよう次第で、どんな意味にも変えられる。
例えば、「課外活動をあまりやってこなかった」「英語の勉強が十分じゃなかった」と、過去を振り返って後悔することもあると思います。
でもそれは裏を返せば、その時間、別のことに一生懸命だった自分がいた、ということでもあります。どこかで何かを選んで、そこに時間やエネルギーを使ってきたはずなんです。
だから、過去の選択や失敗に、これ以上エネルギーを使いすぎなくていいと思っています。悲しい気持ちや後悔に、今の自分の時間や気力を消費しなくていい。
過去は、どうしても変えられない。でも、どう意味づけるかは変えられる。
だからこそ、過去ではなく、これからに目を向けて、今の自分が持っているエネルギーを、未来に向けて使ってほしい。そんなふうに思っています。










